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2008年
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2008年8月



 ある時、イエス・キリストが次のようなたとえ話をされました。

  「ある金持の畑が豊作であった。そこで彼は心の中で、『どうしようか、わ
たしの作物をしまっておく所がないのだが』と思いめぐらして言った、『こうし
よう。わたしの倉を取りこわし、もっと大きいのを建てて、そこに穀物や食糧
を全部しまい込もう。そして自分の塊に言おう。たましいよ、おまえには長
年分の食糧がたくさんたくわえてある。さあ安心せよ、食え、飲め、楽し
め』。
 すると神が彼に言われた、『愚かな者よ、あなたの魂は今夜のうちにも取
り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物は、だれのものになるの
か』。
 自分のために宝を積んで神に対して富まない者は、これと同じである」。

(新約聖書 ルカによる福音書 第12章16〜21節)

 「神に対して富む」とは、困っている人たちを助けるなど、自分以外のため
にも気を配り行動することです。「天に宝を蓄える」とも表現されています。
 そして、自分自身の命も天に蓄えましょう。イエス・キリストに罪をゆるして
いただくことによってのみ、それが可能になります。


 人が全世界をもうけても、自分自身を失いまたは損したら、
何の得になろうか。    
 (新約聖書 ルカによる福音書 第9章25節)


 人には必ず死が訪れます。でも死後どこに行くのか、生前に決めておくこ
とができます。イエス・キリストによって、天の命を自分のものにしませんか。

祈ってみましょう


イエスさま、わたしは天国へ行き
たいと願います。罪をゆるし永遠
の生命を与えて下さい。イエス・
キリストのお名前によって、お祈り
いたします。
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2008年7月


あなたには「不安なこと」が、ありますか。

 日々のニュースを聞いたり将来に思いを馳せると、不安材料はいろいろ
あるかも知れませんね。けれども、聖書の著者の一人であるダビデが次のよ
うに書いています。


たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。
 あなたがわたしと共におられるからです。
(旧約聖書 詩篇 第23篇4節)


 彼は王の誤解とねたみから命を狙われて逃げ、明日の命もわからぬ日々
を過ごしていました。そのような中にあっても自分を守られる唯一の神さまに
信頼し、神さまが共にいて下さるから自分は「死の陰の谷」にあっても恐れ
ない、と書きました。そして、先王が敵国との戦争で没した後に次の王として
国を治めました。
 神さまは「きのうも、きょうも、いつまでも変わらない」お方ですから、ダビデ
と同じように信頼するなら、わたしたちも同様に安心させて下さいます。
 毎日命の危険にさらされていたダビデをも安心させて下さった神さま。わ
たしたちの様々な問題も不安も、安心へと変える力のあるお方なのです。

たとい千人はあなたのかたわらに倒れ、万人はあなたの右に倒れても、
 その災いはあなたに近づくことはない。
  (旧約聖書 詩篇 第91篇7節)


 わたしたち自身には安心できる材料がなくとも、イエス・キリストを通じて、
神さまご自身がその材料を提供して下さいます。
       
祈ってみましょう

神さま、わたしには不安がありま
す。でも神さまのことを受け入れ
信頼しますから、いつも安心を与
えて下さい。イエス・キリストのお
名前によって、お祈りいたします。
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2008年6月


 イエス・キリストは、「救い主」として、
この世に来ました。そのように聞いたことがあるのではないでしょうか。
 では誰を、何から救うのでしょうか。そこまでは聞いたこ
とがない、という方が多いようです。

 聖書には、人間は生まれながらの「罪人」であると書か
れています。正直に胸に手を当てて吟味してみると、自分
は善人だと断言できる人は少ないのではないでしょうか。実のところ、聖書
に書かれている神様の基準によれば、「義人」に該当する人など一人もい
ないことがわかります。自分が義人であると言う人は偽り者とされます。

 
  一方で、罪人は「永遠の刑罰」を受けなければならず、現在の肉体が死
んだ後も、その人の魂は燃える炎の中で永遠に苦しみに悶えなければならな
いと書かれています。
   わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである。
                  (新約聖書 マタイによる福音書 第9章13節)

 イエス・キリストは、罪人を招いて罪をゆるし、永遠の刑罰から救い出す
ために、この世に来ました。本来罪人が受けるべき刑罰の苦しみを、罪人
ではないイエス・キリストが身代わりに受けて十字架で殺されました。そして、
罪のゆるしの証明として、死から復活しました。
 この「罪のゆるし」を受ける条件は、善行でも苦行でもなく、ただ「ゆるして
下さい」と求め、信じるだけなのです。そのように招かれているのです。
       

祈ってみましょう


イエスさまが私を罪から救い出し
て下さることを読みました。信じ
受け入れますから、お救い下さ
い。イエス・キリストのお名前によ
って、お祈りいたします。
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2008年5月



 毎日、いろいろな事件、事故、災害な
 どが報じられています。政治や経済、教育、治安、環境、格差、社会保障など
 など、先行きに不安を感じる材料には事欠かないようにも感じられます。

  仕事や学業、人間関係で悩みの中に置かれた方もおられるでしょうか。
 「ああ、お先真っ暗」と思わず叫んでしまう時もあるでしょうか。

  でも、人生が闇の中にあるように感じられる時は同時に、輝ける光に気づく
 時でもあります。

  何をやっても順風満帆、楽しいことばかりの時には、それらに紛れてしまっ
 て『何ものにも左右されない本当の光』が視界に入らないことがあります。け
 れども失敗や困惑といった闇が周囲に迫るとき、そのに負けることなく輝
 く光
が、くっきりはっきりと見えるようになってきます。
 光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。
                           (新約聖書 ヨハネによる福音書 第1章5節)
 すべての人を照らすまことの光があって、世にきた。  (同 9節) 

 本当の光を知ると、闇の中でも恐れる必要がなくなり
 ます。光として世に来た『イエス・キリスト』は、今現在も
 すべての人を照らし、どんな闇にも負けることなく輝き
 続けています。あなたがこの光を求め、受け取る決心を
 するならば、今日から光はあなたのものになるのです。

祈ってみましょう


イエスさまが本当の光であると読
みました。あなたを受け入れます
から、暗闇の中でも輝きで照らし
て下さい。イエス・キリストのお名
前によって、お祈りいたします。
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2008年4月



 春です。学校や職場、いろいろな場で新学期、新年度
を迎え、希望にあふれ、輝かしい目標が立てられる時期です。

 ところがもう少し経つと、『5月病』になる方たちもいます。「あれ?こんな
はずではなかった」「もっと違う状況になるはずだった」 思い描いていたの
と違う現実に、心が萎えて、前に進む力を失ってしまうのです。
 わたしたちは、他人に頼ると失望しやすいものです。
期待していた通りの人間というのはなかなか居ないも
のですから、自分の力に信頼しても、うまくいく時は良
いのですが、どうしようもない事態というものも存在しま
す。そんな時、無力感に打ちひしがれ、時として絶望
に陥ります。

 他人や自分を根拠とした『希望』が失望や絶望に変わりやすいとすると、
わたしたちには『確かな希望』など無いのでしょうか。

 希望は失望に終わることはない。 (新約聖書 ローマ人への手紙 第5章5節)

 わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる。
                    
 (新約聖書 ピリピ人への手紙 第4章13節)


 「わたしを強くして下さる」のは、イエス・キリストです。この方が助けて下さ
る時、自分自身がどんなに弱くても、決して無くならない希望がやってきま
す。誰でも、求めるならば得ることができます。あなたも受け取りませんか?

祈ってみましょう


イエスさまが私を強くして下さると
知りました。失望に終わらない、
確かな希望を与えて下さい。イエ
ス・キリストのお名前によって、お
祈りいたします。
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2008年3月



 今年の3月23日は「イースター」と呼ばれる日です。
 イエス・キリストが十字架に掛けられ死んだ後、よみがえった(復活した)こ
とを祝う日です。

 イエスは十二弟子を呼び寄せて言われた、「見よ、わたしたちはエルサ
レムへ上って行くが、人の子について預言者たちがしるしたことは、すべ
て成就するであろう。人の子は異邦人に引きわたされ、あざけられ、はず
かしめを受け、つばきをかけられ、また、むち打たれてから、ついに殺され、
そして三日目によみがえるであろう」。

             
 (新約聖書 ルカによる福音書 第18章31〜33節)
 イエス・キリストが生まれるずっと以前から、預言者たちによっ
てその生涯のことが書き記されていました。その予言どおり
に捕えられ殺されよみがえることを、あらかじめ弟子たちに
語っていました(彼らは信じることができませんでしたが)。

 十字架にかけられ殺されるところを見ていた弟子たちは、復活後のイエ
ス・キリストに会い、驚き喜び、その言われたことの正しさ、昔からの予言の
確かさを改めて知ったのでした。そしてその後、命を賭けて神の言葉、永
遠の命について、人々に語り続けたのです。あなたにも、永遠の希望があ
ります。どうぞ、耳を傾けてみて下さい。

 わたしたちとしては、自分の見たこと聞いたことを、語らないわけにはい
かない。

              (新約聖書 使徒行伝 第4章20節)

祈ってみましょう


イエスさまが予言通り復活したこ
とを読みました。わたしが同じ復
活の希望、永遠の命の喜びを知
ることが出来るようにお助けくだ
さい。イエスさまのお名前によっ
てお祈りいたします。
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2008年2月



 生きていると、良いこともあれば悪いこともあります。

 良いことがあると喜び楽しむことができますが、悪いことがあると「何でこん
な事が・・・・・・」と思い悩んだり苦しんだり、問題が余りに大きいと自暴自棄に
なって投げ出してしまいたくなることもあるかも知れません。
――聖書には、こう書かれています。

 順境の日には楽しめ、逆境の日には考えよ。
             
 (旧約聖書 伝道の書 第7章14節)

 人の死後には、天国と地獄とがあります。人生の嬉しいことや楽しいことは、
天国で味わうことのできる感覚のほんの一部を「おためし」で体験している
ようなものです。逆に悲しみ苦しみ痛みなどは、地獄の感
覚の「おためし」です。死後の世界は、永遠です。どちらを
選ぶかは、人の自由意志に任されています。

 ただし、天国に行くためには条件があります。
・今まで、天地を造られた本物の神さまをム足して生きていたことを認め
 てmあやまること。(イエス・キリストによって、全員ゆるされます)
・あなたの身代わりに刑罰を受けたイエス・キリストを信じ受け入れること。

 逆境の時には、良く考えなければなりません。「この逆境の数万倍もつらく
苦しい地獄の永遠の住みかとして選ぶのか?」と。神さまは、すべての人が
天国を選ぶのを望んでおられます。あなたはどちらを選びますか?


祈ってみましょう


神さま、今まであなたを無視して
いたことをおゆるし下さい。イエス
さまを受け入れます。天国での永
遠の命を与えてください。イエス・
キリストのお名前によってお祈り
いたします。
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2008年1月



 新しい年になりました。

 「おめでとうございます」と挨拶を交わしながら、中には(ちょっともめでたく
ない)と心の中でつぶやいている方も、おられるかも知れません。

 仕事のこと、家庭のこと、夫や妻のこと、親戚のこと、お金のこと、勉強のこ
と、人付き合いのこと、健康のこと、将来のこと・・・・・。心配したり不安に思っ
たりする材料はあふれるほどに周囲にありますよね。

 問題や悩みが多すぎて、深すぎて、どうしようもなくて、解決の取り掛かり
さえ見つけられずに絶望に陥っている方も、いらっしゃるでしょうか。

 
でも、だいじょうぶです!あなたには、味方がい
ます。助けがあります。
――聖書には、こう書かれています。
 わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから
来るであろうか。わが助けは、
天と地を造られた主から来る
                       (旧約聖書 詩篇 第121篇1・2節)


 「天と地を造られた主」とは、本物の神様のことです。本物なら、本当の
助け、本当の解決を与えることができるはずですよね。あなたが、聖書に書
かれている「本当の神様」をまだ知らないのでしたら、まずは語りかけてみ
てください。求めるならば、あなたに道を開いてくださるはずです。


祈ってみましょう


わたしは悩んでいます。苦しんで
います。不安です。神様が必要
です。本当の神様がいるのでし
たら、どうか助けて下さい。イエス・
キリストのお名前によってお祈り
いたします。
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日本福音ペンテコステ教団
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